上水の隠者 1

 日本に似てマスゲーム好きで将軍を敬愛する某国、 「「公式行事での姿勢が悪い」と副首相を処刑」のニュースに、K君を思い出した。彼は極度の照れ屋で、対面すると目を合わせることが出来ず、斜に構え視線をずらす癖があった。教頭の訓戒を受けているときも斜めを見ていた。
 「人と話すときは真っ直ぐ相手を見なさい」と訓戒が終わった後も説教が止まらない。教頭は担任の僕に苦情を持ち込む。
 「K君は恥ずかしがりです、分かってやったらどうです」そう言うと
  「これは指導拒否の現れです」とムキになる。
 気に入らないときは、些細なことが許せなくなる。些細ということにも気付かない。終いに姿勢の悪さは国家反逆の表れと見なされ、某国副首相は処刑されたのである。国家における反逆罪と学校に於ける指導拒否対応は相似ている。

  K君と話すときは、横向きに並んで腰掛け、一緒に遠くの景色を見ながら話すのがよかった。だから屋上に鍵をかけてはいけない。屋上緑化するなど予算請求折衝に励むために、管理職はある。ペスタロッチがガラス片を拾ってポケットを一杯にしていたエピソードを、彼も教職課程で耳にしたはずだ。屋上を開ければ、たばこが増えるという。タバコの吸い殻があれば自分で拾えばいいのだ。 
  M校長は毎朝、玉川上水駅から学校まで歩きながら吸い殻や空き缶を拾った。帰りも同じことを黙々とただ一人、定年退職まで欠かさなかった。教員や父兄の中でこれを知らない人は多い。校内でも暇を見つけては火ばさみと袋を持って回った。その姿を見て先生を用務員さんだと思いこんでいる生徒もあった。
 雑務の傍ら、数学の授業を週に8時間持つことも譲らない。M先生にとって毎日教壇に立ってこそ教師なのであった。授業から離れる立場の校長になったことを、「騙された」と心から悔やんでいた。
 「校長は行政の末端だ、教委から授業を禁じられている」と妙なことを言って、胸を張る校長が蔓延りだしていた。授業を続ける校長は都にも数人という惨状であった。今はとっくにゼロだろう。教頭でさえ授業をしない。おかしなことだ。教頭とは文字通り head teacher だからだ。そのせいか、いま教頭を副校長と呼んでいる。札幌農学校のクラーク先生を副校長と呼んだら締まらない。
 ペスタロッチの名を講義で口にするたびにM先生を想った。風貌と所作はまさに隠者の語が相応しかったが、社会的行動には積極的で、学年やクラスのPTA懇談会にも積極的に参加して、父母の話に直説耳を傾け、退職後も統制管理に走る教委を批判する声明に名前を連ねた。数学教育協議会の会員でもあった。

追記 曾て都立高校では、教頭(当時は主事と呼んでいた)への信任投票があった。信任を得た者だけが残り、その彼が校長試験を受けていたから、それなりの教育者が校長になることが多く、悪くとも、置物にはなるといわれたものである。
 教員の採用にあたって、最終判断を生徒たちが実際の授業を受けた上でする学校がある。この話を聞いたとき、ある教科では、誰も信任を得られず、三年間教師が決まらなかったらしい。いい制度である。

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